グリーフと瞑想「座りたいと思えない」理由【ヴィパッサナーから2年】

ヴィパッサナー100時間瞑想から2年「グリーフと瞑想」(c)Megumi Mitani Column

こんにちは!めぐみ (@meg_intheworld)です。世界各地で暮らした経験をもとに、旅・ノマド生活・生き方について発信しています。

2024年4月にネパールのルンビニで「ヴィパッサナー瞑想10日間コース」に参加してから、2年が経ちました。

これまでも、半年後の気づき1年後の変化について書いてきましたが、2年を迎える間に、私の中で新たな気づきがあったので、今回はそれをシェアしようと思います。

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「メディテーションしたい」と思えなかった

去年のある日、予期せぬ「突然の喪失」を経験した。

それは私にとって大きな出来事だった。

信頼できる友人たちのおかげで、一歩ずつ前に進むことができたけれど、その道は平坦ではなかった。

ある時、私のことをよく理解してくれている長年の友人が、「調べてみたんだけど、瞑想も良いらしいよ。」とメッセージをくれた。

最も信頼している友人のひとりなので、普段なら「そうだね。」と返すはずだけど、この時の私は「・・・。うーん。どうかな。」と思った。

この頃、メディテーションの頻度は確実に落ちていた。ランニングのついでにやることはあっても、「ただその場に座ってメディテーションをする」ことは、ほとんどなくなっていた。

そんな時、友人からの励ましのメッセージを読んで、「今はメディテーションしたいとは思えない」自分であることに気づいた。

「自分の感覚」に従った

「メディテーションをしたいと思えない」理由は、その時はよく分からなかった。

ただ「したい」と思えなかったし、無理して座るのは「違う」と思っていた。

その時期は、「とにかく今は、睡眠と食事を大事にしよう」と考えていたので、それ以外のことは二の次だった。

Vipassana10日間コースを完了して半年ほどは「メディテーションは水分補給と同じくらい必要不可欠なもの」と感じていたけど、1年後の振り返り記事で書いたとおり、1年後にはその考えを手放していた。

それもあってか、今回も「今の私は、したいと思えない」という、自分の正直な感覚に従うことができた。

もし、100時間瞑想の時と同じ温度感で、「毎日1日2回のメディテーション」にコミットし続けていたら、苦しんでいたかもしれない。

letting go(手放す)ことをせず、clinging(しがみつく)ことは、瞑想において逆効果だから。

グリーフ期に瞑想が難しい理由

しばらく経って、再び毎日のようにメディテーションをするようになってから、「なぜあの時、したいと思えなかったのか」を調べてみた。

グリーフケアの専門家や研究者の意見として、以下のようなものがあった。

  • グリーフの時期は、以前と同じように瞑想ができないのは、珍しいことではない
  • グリーフの真っ只中にいるとき、必ずしも内側に注意を向けることが良いとは限らない
  • 強いストレスを感じている場合、強い感情を引き起こすことになり、瞑想が逆効果になることもある

私自身のことを振り返ってみると、「メディテーションをしたら、今抑え込んでいるものが溢れ出てしまうかもしれない。」「突然の喪失に関連する雑念が浮かんでくるかもしれない」という、「どうなるか分からないことに対する恐れ」のようなものがあったように思う。

だから、以前のように「ただ座る」ことに対して、無意識の抵抗を感じていたのかもしれない。

一方で、ランニング後のメディテーションは、いつも穏やかで、「恐れるようなもの」ではなかった。

これは、身体を動かすことで、身体に意識が向き、溜まっていたエネルギーが解放されるソマティックリリースによる効果かもしれない。

グリーフの時期は、とにかく疲れやすい。普段なら無理なくできる日常的なことも、「今日はこれをやる」と決めないとできなかったり、エネルギー切れのように感じたりする日もあった。

一見、「ランニングに行くより、ただその場に座る方が楽なのでは?」と考えがちだが、必ずしもそうとは限らないことを、今回身をもって体験した。

「やりたい」と思ったら、また始めればいい

喪失体験をしてから数ヶ月は、月に数回やるかやらないかという頻度にまで落ちた。

しかし、12月の中旬に、スタンフォード式の21日間習慣化を試したことをきっかけに、メディテーションを再開した。

決して強い意志を持って再開したわけではなく、「6つの習慣のうちの1つ」として、項目に入れただけだった。

結果、またメディテーションするようになり、現在もほぼ毎日継続している。

習慣化というシステムに組み込んだことで、「ただ座る」ことが自然とできるようになり、再びメディテーションの良さを感じている。

人間は、生きている限り、日々いろんなことが起こる。

時には、予想もしていなかったようなことが起きるし、頭の中では理解していても気持ちが追いつかないこともある。

そんな時は、無理して何かを続ける必要はないと思う。メディテーションに限らず。

また「やりたい」「やってみようかな」と思った時に、始めればいい。

結局のところ、グリーフ時期であっても、日常であっても、いろいろ考え込まずに、自分の気持ちに正直に従うことが、人間にとって、最も自然なことではないかと思う。

P.S. もし、あなたが今グリーフの真っ只中にいて、この記事に辿り着いたなら、とにかく今は「休息」を取って、自分の心身をいちばん大事にしてくださいね。

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この記事を書いた人

2015年より世界各地で暮らしながら、旅・ノマド生活・生き方について発信しています。

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