ロサンゼルスからアリゾナ州のフェニックスを経由し、フラッグスタッフに到着した。
「お互いの携帯番号も知らないのに、どうやって空港で待ち合わせるんだろう?」という前日の疑問が瞬時に吹き飛ぶほど、フラッグスタッフの空港は小さかった。
預けたスーツケースをピックアップし、出口の方に歩き始めると、こちらに向かって手を上げる人がいた。
「あ!あの人だ!ちゃんと来てくれたんだ〜!」
まだ「友人」とは呼べない人との待ち合わせは、なかなかドキドキする。
空港に迎えに来てくれたお礼を伝え、宿泊先のホテルに向かう。
旅のパートナーは、「1名」で予約していたホテルを、全て「2名、ベッド2台」の部屋に変更してくれていた。
一部の人、いや、もしかしたら多くの人にとって、性別の異なる「他人」と同じ部屋で宿泊することは、想像しづらいかもしれない。
幸い、私は過去に「他人」と同じ部屋に泊まったことがあった。
3週間かけてニュージーランドの南島をバックパック1つで周った時のこと。女友達との2人旅だったので、いつもホテルの個室、または女性専用のシェアルームに泊まっていた。
しかし、ある小さな街で「今夜は12人のミックス・ドームしか空いていない」と言われた。
生まれてはじめて、国籍も年齢も性別も違う10人の「見知らぬ人たち」と同じ部屋に泊まった。
初日はなんだか落ち着かなくて、ほとんど眠れなかった。けれども、2日目以降はどうでもよくなって、熟睡した。笑
今回も、基本的にはそれと同じ。
ホステルではなく、きちんとしたホテル。広くて快適なベッド。同室に泊まるのは身元が判明している1名だけ。「12人のミックス・ドーム」より遥かに安全だった。
翌日から、セドナ、モニュメントバレー、アンテロープキャニオン、ホースシューベントを周った。
10年経った今でもハッキリ思い出せるくらい、それぞれの土地のエネルギーというか、写真では感じることのできない、風の音、土の温度、水のリズム、時間の流れ、独特な空気感が、それぞれの場所にあった。
最後の目的地は、グランドキャニオンにある、Havasupai Reservations(ハヴァスパイ・インディアン居留地)というハヴァスパイ族が暮らす村。
今では「映えスポット」としても知られるHavasupai Fallsも、2012年の時点ではほとんど知られていない「秘境」だった。
少なくとも「はじめてのグランドキャニオン」で訪れるような場所ではない。
居留地に入るには許可証が必要で、村にある数軒のロッジ、またはキャンプサイトの宿泊予約がないと、トレイルに足を踏み入れることすらできない。
宿泊予約は電話受付のみだけれど、その電話も滅多に繋がらない(出ない)ので、「予約できるだけでもラッキー」だと言われていた。
ハヴァスパイは「秘境」なので、アクセスも簡単ではない。
まずは、トレイルヘッドから谷底まで2.5km下る。その後は、ほとんど日陰がない炎天下の道を約16km歩くことになる。
国立公園の管理下にはないため、トレイルに地図や標識はない。誰かが書いたと思われる簡易的な地図と、馬やロバの落とし物だけが頼りだった。
許可証がないと入れないので、村に着くまでは、村人や他のハイカーとすれ違うチャンスも限りなく少ない。
ヘリコプターでのアクセスも可能だけれど、それは身体的な理由で歩くことが難しい人のために使われて欲しい、と個人的には思う。
そう。Havasupai Reservationsは、色んな意味で「特別」な場所なのだ。
私はそのハヴァスパイ・トレイルで不思議な体験をいくつかした。
その中で、最も印象的だったのが、「案内人のリス」との出会い。
ハヴァスパイ・トレイルヘッドからロッジまでは、およそ6時間のハイキング。
夏のグランドキャニオンの日差しは強烈で、気温は40度近くまで上がる。遮るものが何もないため、できるだけ早い時間にハイキングを開始した方が良いとされている。
旅のパートナーと私が歩き始めたのは午前9時過ぎ。すでに日差しはかなり強かった。
トレイルヘッドから坂を下り始めて20分ほど経った頃。旅のパートナーが「暑いな。これは早足で歩いた方がいい。僕はペースを上げて先に進む。この先、ロバや馬を連れている人と出会ったら、君をロッジまで乗せてくれるように頼んでおくよ!じゃあ!」と言って、坂を駆け降りていった。
彼なりの気遣いなんだろうけど、正直、驚いた。
歩き始めてまだ20分。
私はロバや馬に乗りたいなんて思っていない。
それよりも。「この先、標識もない、電波も届かない、人もいない灼熱のトレイルを1人で歩けってこと!?」と、言葉を失った。
気が遠くなり、一瞬足を止めたものの、グランドキャニオンの雄大な景色に吸い込まれるように坂を下り続けた。
トレイルを下っていると、ロバを連れたスパイ族の若い女性が声をかけてきた。
「ロッジまで乗る?さっき、あなたの友人と会って、あなたをロッジまで乗せてほしいと頼まれたんだけど。」と彼女は言った。
私は彼女の申し出を丁重に断り、歩き続けた。
谷底についた。
トレイルに入る前に、上から谷底の様子を見たので、分かってはいたけれど。目の前には、乾燥した土地が永遠に広がっていた。
もちろん、標識などない。
埃っぽい空気を感じていると、馬の落し物を見つけたので、その方向に進んだ。
長く続く道は、平坦だった。
「あ、これなら大丈夫そう!水とスナックもたくさん持ってるし、あとはひたすら歩けば着くでしょう!」と、ひとりハイキングを楽しんでいた。
しかし、あまりに日差しが強くて、頭がボーッとし始めた。
その先の広大な道に辿り着くと、分岐点があった。
右手には大きくひらけた道、左手には細いけれどトレイルとして使われていそうな道。
「これ、どっちなんだろう?」と、足が止まった。
誰かが書いた地図のコピーを見るも、この地図では、今、自分がどこにいるかすら分からない。
強い日差しと熱風の下で、途方にくれた。
「もう、ここで死ぬのかも」
「誰もいないし、発見すらされないかもしれない」
「そういえば、この辺で日本人女性が殺害された事件があったと聞いたっけ・・」
あまりにスケールの大きいグランドキャニオンの谷底で、私は自分が蟻よりも小さくなったように感じた。
「とりあえず、休憩しよう」と思い、かろうじて日陰になっている岩にもたれかかるように座った。
水を飲み、エナジーバーを食べていると、「カサカサ」とナニカが動く音がした。
「え?誰かいるの?」と思って音のする方を見るも、何も見えない。
「風かな?ヘビ・・じゃないよね?」と思っていると、正面にリスが現れた。
「え!リス!?こんな砂漠みたいなところに!?」と思って見ていると、リスも私の方をジーッっと見ていた。
食べ物の匂いに引き寄せられてきたのだろうけど、野生動物に人間の食べ物を与えたくない。すぐにバックパックにしまった。
それでも、リスはまだこちらをジーッと見ている。
「あげられないの。人間の食べ物だから。ごめんね。」と英語で話しかけてみた。
どうせ周りには誰もいないし、頭のおかしい人だと思われようがどうでもいい。
リスは無反応だった。微動だにせず、ただ私のことを見ている。
「あのね。ここ、道が2つに分かれてるでしょ?右かなって思うんだけど、左にも道があるから。どちらに進めばいいと思う?」
今度は声には出さず、リスを見つめながら、心の中で話しかけてみた。
すると、リスが突然、右に向かって走り始めた。
「え!待って!」
慌ててバックパックを背負い、リスを追いかけると、リスは立ち止まって振り返った。
「こっちなの?」
声をかけると、リスはまた走り出した。
大きなシッポを時々ウェーブさせながら、くるくる回りながら、リスは右手に進む。
誰もいない、グランドキャニオンの谷底で、私が信じられるものはこのリスだけだった。
リスに導かれるかのように、しばらく歩き続けていると、遠くの方に、人間らしい影が2つ動いているのが見えた!
「あ!こっちで合ってるんだ!!」
うれしかった。
暑さと疲労感が一気に吹き飛び、ハッキリと目が覚めたような感覚。
私より前を歩いていたはずのリスは、いつの間にか私の後方にいた。
「案内してくれたんだね。ありがとう!!本当にありがとう!!」とリスに向かって微笑むと、リスは元いた方向に向かって走っていった。
遠くの方に見える「人間らしき影」になんとか追いつこうと、ペースを上げた。
そして、ようやく、彼らに追いついた。
トニーとサンドラという、70歳前後に見えるアメリカ人夫婦だった。
リタイアした後、2人で国立公園を周っているという。
トニーは高齢なのに、大きな荷物を背負っていた。
「私たちもロッジに泊まるんだが、荷物を送ることも、運ぶこともできないと言われたんだ。」とトニーは言った。
しばらく3人で歩いていると、突然サンドラが「めまいがする」といって、崩れるように座り込んだ。
「熱中症かもしれない」と思い、近くの日陰に移動して休むことにした。
彼女は荷物を下ろし、帽子を脱いだ。
トニーと私はサンドラに風がいくよう、帽子や扇子で仰いだ。
サンドラは水を飲んで、少し休憩すると、話せるまでに回復した。
日本から持ってきた熱中症対策のゼリードリンクをサンドラに手渡すも、得体の知れないものだからなのか「ありがとう、でも大丈夫よ。」と彼女は言った。
再び3人で歩き始めようとしたところ、今度はトニーが気を失った。
私は目の前で人間が気絶する姿をはじめて見たので(それもグランドキャニオンの谷底で)動揺した。
しかし、サンドラの方がもっと動揺していた。彼女が不安そうな声を上げたので、自分がしっかりしなくては!と思った。
これまた日本から持ってきていた急冷アイスパック、水で冷やすと冷たくなる冷感タオルなどを取り出した。「これ新品未使用だから安心して」といって、冷感タオルに水をかけ、トニーの首に巻いてもらった。
心配そうにトニーを見つめるサンドラ。
助けを呼ぶにも、この谷底には誰もいない。
あのリスも、もういない。。どうしよう。。
祈るような気持ちでトニーを見ていると、流れるように、冷たい風が吹いた。
トニーの意識が戻った。
トニーは自分が気絶したことを分かっていない。
「自分の首にまとわりついている、この不快なタオルはなんだ?」という顔をしていた。
サンドラが「あなたは今、意識を失っていたのよ」とトニーに伝えた。
トニーは、サンドラのために休憩を取ったと思っているので、サンドラが言った言葉が信じられない様子だった。
「あなたの意識が戻ってよかったです」と私が言うと、トニーは状況を理解したようだった。
トレイルヘッドを歩きはじめてから、すでに5時間が経過していた。ビレッジまで、そう遠くはないはず。
「歩けそう?」とトニーに聞くと、「オーケー。行こう。」とトニーは言った。
トニーの大きな荷物を持ってあげたいけど、私も自分のバックパックがあるし、自分が倒れたら2人に迷惑をかけると思い、留まった。
再び3人で歩き始めると、水の音が聞こえてきた。
ビレッジまでもうすぐだ!
ついに清流が見え、トニーとサンドラもホッとした様子だった。
すると、前方から私の旅のパートナーが歩いてきた。
「Hi! 君のためにロバを手配したけど、乗らなかったの?僕は早歩きして、君がロバに乗れば、同じくらいにロッジに着くと思ったんだけど。」と彼は言った。
「乗らなかったよ。自分の足で歩きたいと思っていたし。」と私は言った。
「そっか。。君がなかなかロッジに着かないから、探しにきたんだ。」
「ここからロッジまで、あとどのくらい?」
「もうすぐだよ!20分くらい。荷物、持とうか?」
「いい。大丈夫。」と、私は答えた。
この会話を聞いていたサンドラが
「あぁ、あなたが彼女の旅のパートナー? じゃ、私の荷物を持って。」と言った。
トニーとサンドラに出会った時、「あなた、こんなところに1人できたの?」と聞かれたので、「旅のパートナーは先を歩いています。」と伝えると、サンドラたちは驚いた様子だった。
仲良し夫婦からすれば、誰もいないグランドキャニオンの谷底を別々に歩くなど、信じられなかったのだろう。
無事に宿泊地のハヴァスパイ・ロッジに到着し、トニーとサンドラとはお別れした。
トレイルで出会ったリスが道を教えてくれ、トニーとサンドラに引き合わせてくれた。
あの時、あの子が現れなかったら、グランドキャニオンの谷底で迷子になっていたかもしれない。
ハヴァスパイ・フォールズの美しい水に入りながら「案内人のリス」に感謝した。
これまで、この話をあまり人にはしてこなかった。
「そんなことある?」と思う人もいるだろうし、私は私で、この体験を自分の中だけに留めておきたい気持ちもあった。
ただ。ここ数年でさらに「自然」との繋がりというか、自然を通して感じることや、体感することが増えてきたので、今回シェアすることにした。
人間は年齢を重ねると、スピリチュアルなセンスが開花するのだろうか?
相変わらず「怪しいモノやサービスを売りつける偽物のスピリチュアルな人々」は苦手だけれど、自然の中で自らが感じるSpiritみたいなものは、実在すると思っている。
P.S.
旅のパートナーとは、帰国後「友達」になった。「キミは最高のトラベル・パートナーだ!また旅をしよう!」と言われた。考え方やコミュニケーションの取り方など、異なる部分も多くあったけれど、彼にはとても感謝している。彼がいなければ、そもそもこの旅は実現しなかったし、ハヴァスパイに入ることも、「案内人のリス」と出会うこともなかったのだから。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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