こんにちは!めぐみ (@meg_intheworld)です。世界各地で暮らした経験をもとに、思考や感覚と向き合いながら、日々の暮らしを少し良くするヒントを伝えています。
会社員を辞めて10年が経ちました。2016年にアルゼンチンのブエノスアイレスで始めた、当ブログ「Meg In The World」も今年で10周年。まもなく11年目になります。
この10年、様々な国や地域を旅しながら、好きなように暮らしてきました。会社員の頃の私からしたら、想像もできないような「自由な暮らし」をしてきたと思います。
blog読者さんや、旅先で出会った人達から「私も自由に生きたいから、ノマドになりたいです!」「自由そうでうらやましい。自分もそんな風に生きたいです。どうしたらいいか教えてください。」と言われ、相談に乗ってきました。
「時間にも場所にも縛られない暮らし」は、確かに「自由」だと言えます。
ただ、ここ数年は「自由に生きる」ことよりも、「本当の意味で自由であること」について考えています。
10年間「自由に生きた」結果、私の考えがどのように変わっていったのかを、今回はシェアしたいと思います。
夢を叶えた先で、揺らいだ価値観
長年の読者さんや、Instagramのフォロワーさんはご存知かも知れませんが、はじめてこのブログに来てくださった方のために、「なぜ私が会社員を辞めて旅を始めたのか」をお伝えしますね。
子供の頃からの夢であった「音楽業界で働く」を実現した私は、充実した日々を送っていました。自分が好きな分野で、得意な事を活かせるという恵まれた環境でしたし、休日も楽しく過ごしていました。
しかし、2011年の東日本大震災をきっかけに、私の中で大きな揺らぎが生じました。
週末はできるだけ東北へ行き、ボランティア活動をするようになりました。
初めて訪れた岩手県の海沿いの町では、現実とは思えないような光景を目の当たりにし、呆然としました。TVで見た被害の状況は本当にごく一部でしかなかったのです。その後、自宅や家族を失った方々と接する機会が増え、毎回言葉にできない思いを抱えて東京へ戻っていました。
東京に戻ると、以前とほとんど変わらない風景と日常が待っていました。何事もなかったかのように毎日が進み、当然のように以前と同じことを期待される日々。
同じ国でありながら、まるで別の時間軸があるような「二つの世界」を何度も行き来するうちに、「生きること」や、「本当に大切なもの」「自分にできること」について、深く考えるようになりました。
仕事自体はやりがいもあったのですが、大好きな仕事だったからこそ、中途半端な気持ちで続けるのはアーティストに対して失礼だと思い、退職を決めました。
その後、ボランティア活動を経て、2013年から別の会社で働き始めました。しかし、2年半が過ぎた頃、「何不自由なく暮らせているのはありがたいけど、本当に私はここで毎日を消費し続けて良いのだろうか?」と思い、2015年に「安定した会社員生活」を終えました。
当時、スティーブ・ジョブズが33年間毎朝自分に尋ねていたという、以下の言葉をよく思い出していました。
If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?(もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることを、本当にやりたいだろうか?)
この言葉は、今も私の中でアンカーとなっています。毎日問うことはないですが、ふと思い出した時に「No」だった場合、やり方や視点を変える、根本的に見直すなど、工夫することができるからです。
「安定」を捨てて、手に入れた「自由」
会社員を辞めた後、「次の目標」や「次にやること」は特に決めていなかったので、長期の旅に出ることにしました。
旅に出た直後は、「どうせ1〜2年もしたら、仕事したくなるだろうし、貯金も減るだろうから、日本に帰国して会社員に戻るんだろうな」と思っていました。
しかし、旅を始めてみると「世界中どこにいても、Macさえあれば仕事はできる」と分かり、気づいたら「デジタルノマド」になっていました。
当時、日本では「ノマド」と言っても伝わらなかったので、フルタイムトラベラーと名乗るようになりました。
その後、COVID-19の影響で、半ば強制的に日本に留まることになりましたが、現在も、時間や場所に縛られることなく、好きな場所で働きながら暮らすことができています。
外的な「自由」を得て、内的な「自由」を失った
10年前の自分が想像していなかった「自由な暮らし」を、今も継続できているのは、ありがたいことだと思います。
一方で、色々な国や環境で暮らしてみたからこそ、本当の意味での「自由」は、各個人の内面にあることに気づきました。
例えば、「成功者」という肩書きを持つ人、莫大な資産家、完璧に見えるインフルエンサーなど、第三者からは「すごい!」と思われがちな人たちが「必ずしも幸せではない」という事実はよく知られていますよね。
外的に「成功」し、「資産」と「影響力」を持っていても、本人は「いつかそれを失うかもしれない。そうならないように、今よりもっと頑張って成果を出し続けなくてはいけない」と感じていることが多いようです。そのプレッシャーは本人、または同じ状況を経験したことがある人にしか理解できないものです。
一方で、外から見ると「普通の暮らし」に見えるけど、本人達はすごく幸せだったり、楽しく生き生きとして、自信を持っている人たちもたくさんいます。
長年の旅を通して、いろいろな人たちと出会い、話を聞き、観察する中で、「本当の意味での自由とは何か」について考えるようになりました。
そして、私は「場所や時間に縛られず、自由に働く」「働く時間も場所も自由に選べる」など、外的な「自由」は持っているけれど、内的な「自由」を失っていたかもしれないことに気づきました。
周りから常に「自由でいいね」と言われてきた私は、いつの間にか、自分が意識していないところで「自由人」「自由な人」というアイデンティティが出来上がってしまったのかもしれません。
「デジタルノマド=自由にどこでも暮らせる人」というイメージを持たれるため、人に会う度に毎回(本当に100%必ず)「次はどこに行くの?」と聞かれていました。
この至ってシンプルな「次はどこ?」という質問が繰り返され続けて数年目のある日、私は「移動しないという自由」を失ったことに気づいたのです。
そして、例の質問が来た時には、冗談混じりに「決めてないんで、あなたが決めていいですよ!」と返すこともよくありました。
そして、2年前にネパールのルンビニで10日間100時間のメディテーション(瞑想)コースに参加した時に、様々な制約があるなか、自然と「幸せ」で「自由である」と感じたことで、より外的な「自由」よりも、内的に「自由であること」に興味を持つようになりました。
Not freeing, but being
10年間、外的に「自由」とされる環境で生きてきた、私の今のテーマは「Not Freeing, but being」です。
外的自由と内的自由について考えていた時に、ふと浮かんできた言葉です。
日本語だと「何か(場所、仕事、環境、肩書き)から自由になる」ことではなく、「ただ自分が在りたいように存在する」という感じでしょうか。
もしあなたが
- 「このままでいいのかな」と思うことがよくある
- 環境的には恵まれているはずだけど、なぜか満たされない
- 自分が本当にやりたいことが分からず、なんとなく毎日を過ごしている
このような感覚を抱いていたら、少し立ち止まって考える時かもしれません。
今後は、旅に役立つ情報だけでなく、このような内容も書いていく予定です。みなさんの日々の暮らしや、考え方のヒントになれば嬉しいです。
「Not freeing, but being」についても、近々シェアしますので、また読みにきてくださいね!
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